加藤千晶アップップリケショー

 15時頃、トラブルへの応急処置がようやく終わり、応募自体も減ってきたので、いったん切り上げることに。不具合の原因については、ぼくがいくら考えても埒が明かないですしね。ミカコとふたり、出かける支度をして、いざ吉祥寺へ。今日は加藤千晶さんのアップップリケショーの日なのです。


 公園口を出てわりとすぐの雑居ビルの4階にある「yucca」でまずは腹ごしらえ。ここは、谷中芸工展で毎年お世話になっている村山さんの、お嬢さんのお店。エレベーターに乗ると、すぐにむせかえるようなスパイスの香りが。そう、ここは、カレーが自慢のカフェなのです。そして実際いただいたチキンカレーのおいしいかったこと。まったく分析はできませんが、堪能しました。
 あと、この店のもうひとつの特色は、舶来の絵本がたくさん置いてあること。1冊良いのを見つけましたよ。Ota Janecekという人が絵を描いた『Pocitadlo』という作品(文は、Frantisek Halas)。綴りからするとチェコの人のようです。子どもに数字に馴染ませることを目的としているんだろうけど、数字と一体化した鳥の絵が、ほんとかわいい。


 18時過ぎ、友人と駅で待ち合わせるミカコといったん別れ、寸暇を惜しんでディスク・ユニオンへ。時間があれば各館ゆっくり回りたいのだけど、今日はクラシック館へ直行。先日の名古屋でまたスペイン・モードに入っていて、ファリャの面白い盤が何かないかな、と。
 ありましたよ。もう、7、8年探し続けていた、アルヘンタ晩年のパリでのライブ、ベルガンサとの『恋は魔術師』と、ゴンサロ・ソリアーノとの『スペインの庭の夜』を振ったやつが。とは言っても、イタリアのマイナー・レーベルからずいぶん前に出たという盤ではなく、つい1週間ほど前くらいに再発された新品でしたが。でも、こういうのは見つけたときに買っとかないとすぐなくなっちゃうし、そっち方面に気持ちがいっていないときに発売されたりしたら、見かけることなく消えていきますからね。流れはこっちにきてる。

  
 あわててMANDA-LA2に向かうと、ちょうど入場がはじまったところ。いつものように生ビールをぐびぐび飲ってるうち、開演。今日はいつもとは趣向を変えて、ピアノ、ギター、ベース、ドラムに、マリンバ、という5人編成。またそれとは別に、これまでとは逆の右側の客席に座ったため、音の聴こえかたがずいぶん違う。最初は頭の後ろから千晶さんの声が落ちてくる感じに違和感を感じたのだけど、慣れるに従って、同じレコードのミックス違いを聴いているような気になってくる。編成が小さいせいもあるのだろうけど、いつもは聞こえない音を耳が拾うので、細部へ細部へと意識が向かう夜となりました。鳥羽修さんの弾くギターの音が、たびたび女声コーラスのように聴こえたのだけど、あれはぼくの錯覚かなあ。
 あと、やはり座席の関係で、高橋結子さんのドラムを心ゆくまで味わえたのも収穫でした。バランスは悪いのだけど、その分よく聴こえるし、よく見える。結構手を使ってるんだ、とか、持ち替えはほんとギリギリだなあ、とか、いつも遠目に見ているときには気がつかなかった発見がいろいろあって楽しかったです。この人はコーラスのときの声がまた良いんですよね。「マカロニスコープ」とか、ついつい一緒になってハモると、ミカコに嫌な顔をされるけど(笑)。
 千晶さんは、いつもよりも緊張しているというか、気が張ってるというか、そんな感じで始まったのですが、途中からはノってきて、あっという間の2時間でした。

 
 さて、「古書ほうろうはともかく、岡崎武志さんや、南陀楼さんも好きみたいだし、機会があったら一度聴いてみてもいいかなあ」とお考えの方にお知らせです。今日入場の際にもらった束のなかに、次回のライブのチラシが入っていました。



詳しくは、明日の日々録で。

(宮地)

名古屋滞在記、アップしました

 久しぶりの何の予定もない一日。ずっと家でパソコンに向かい、明日申し込みがはじまる一箱古本市の返信用の文案、やはり明日告知を開始する店のイベントの文章、そして先週の名古屋滞在記などを。


 というわけで、2月29日、3月1日の名古屋での日記をアップしました。良く言えば詳細、客観的にみれば冗長な代物ですが、読んでいただけるとうれしいです。


 2月29日 ぼくは名古屋でうまれた
 3月1日 乱歩と名古屋とシマウマ書房


(宮地)

乱歩と名古屋とシマウマ書房

 母の手になる関西風おでんを肴に、両親と別れの杯を交わし、12時過ぎに家を出発。今日もまず「le petit marche」へ。滝村さんにご挨拶をし、こんどは地下鉄で一社。お目当ての「coffee Kajita」は、加藤千晶さんに教わったお店。カウンターだけなのに、椅子がゆったりしていて、とても落ち着きます。ご主人が一杯ずつ几帳面にいれてくださるコーヒーがおいしい。ちょうどぼくが入ったときはバート・バカラックの大好きな曲*1がかかっていたのですが、音の出所を探って視線を上げると、傍目にもただ者ではないスピーカーが天井付近に鎮座してました。それなのに、とても慎ましやかな音量というところがすごいなあ。会計の際にご夫婦にご挨拶し、不忍ブックストリートMAPも置いていただけることに*2


 覚王山へ移動し、古本カフェ「cesta」へ。ここで南陀楼綾繁さんと待ち合わせ。チェコのものに力を入れているお店で、ちょうどチェコの映画ポスターの展示販売もしていたのですが、棚には意外とスペインものが充実。これまでその存在も知らなかった『Guia アンダルシア フラメンコ ガイド』というすばらしい本を2000円で発見。アンダルシア州政府がつくった労作で、フラメンコのことをちゃんと勉強するのにうってつけ。これは、うれしい。ほかには、鉄道切手に鉄道スタンプが押してあるはがきを300円で。これは南陀楼さんがみつけてくれました。ここでスタンプが5個たまり、プレゼント応募用紙に記入。いくつかある景品からテレビ塔ブックマークなるものに印を。小学生の頃、テレビ塔から紙飛行機を飛ばすのが流行ったんだけど、あれは楽しかったなあ。

 次は連日となる千種。神無月書店に行ってみたいという南陀楼さんをご案内する。ちくさ正文館にもぜひ行ってほしいと念を押し、いったん別行動に。昨日も書いたようにこのあたりはぼくのホームグラウンドだし、ほんとはご一緒してあちこちご紹介すべきなのですが(たとえば、ウニタ書店とか)、南陀楼さんから栄の「ワンオンワン・ブックス」のことを聞いたら、いてもたってもいられなくなったので。途中、今池駅ビルのピーカンファッジに寄って、『スペインの七つの民謡〜テレサ・ベルガンサ/スペイン歌曲集』(KICC 2216)を購入し、栄へ。

「ワンオンワン・ブックス」はともかく写真集が質量ともに充実していて圧倒されました。あとでシマウマ書房さんに伺ったところでは、ご主人は元々コレクタ―の方で独自の買い付けルートなどもお持ちなのだとか。あと、モンド系のCDもごっそりと。アルマンド・トロバヨーリなどは同じタイトルが何枚も並んでいました。いずれ買わなければいけない『ミシェル・ルグラン 風のささやき』(浜田高志著)があったので、旅の記念に買ってしまおうかとも思ったのですが、かなりいいお値段だったので断念し、本田静哉『スペイン 観光と歴史の旅』(三修社)を150円で。1983年刊の一見古びたガイド・ブックですが、たとえばフラメンコの項など、ちゃんとカンテの話からはじめてファリャのことなども出てくる、わかっているつくり。なかでも「ローカル・カラー机上旅行」という章は、さまざまな特長を持つスペイン各地のそれぞれの州を、わかりやすくセンスの良い地図とともに紹介し、しかも同時にブック・ガイドにもなっているという、ありそうでないユニークなページ。これは拾い物でした。


 16時過ぎ、いよいよ本山へ。ここはぼくの通った東山小学校のお膝元。懐かしいし、時間にもまだ少し余裕があったのですが、でもゆっくり棚を見たかったのですぐに「シマウマ書房」へ。店主の鈴木さんにご挨拶し、すでにトークの準備の整っている店内を見せていただく。思っていたとおりの素晴らしい古本屋さん。こじんまりとしたスペースのなかに、良い本が過不足なく収まっています。しかも棚を少しずらせば、ちゃんと30人近くが座れる場所ができあがる。うーん。これくらいの広さでも、かなりのことはできるんですよね。ちょっと考えさせられました。シマウマさんとはイベント終了後の宴席でもお話しできたのですが、「うちは、アンチ・セレクトショップです」「どうせ売るならシマウマに買ってもらいたい、と思われるような店に」といった発言に、親近感を覚えました。棚の印象も、今回見て回った本屋さんのなかでは、一番ほうろうに近かったです。

 17時になり、小松史生子さんのトーク江戸川乱歩と名古屋」。小松さんのことは今回はじめて知ったのですが、名古屋のモダニズムがそこで育った乱歩にどういう影響を与えたか、といったようなお話。本筋の話にはまだまだ謎が残りましたが、枕で話されたポプラ社本の挿絵の話など、面白い話をたくさん聞きました。

 終了後、近所のこじゃれた居酒屋にて打ち上げ。小松さんをはじめ、やはりシマウマ書房でトークをされた芥川賞作家の諏訪哲史さん、今回のガイドブックをつくられた「SCHOP」編集長の上原さん、昨日入れなかった「猫飛横丁」の店主の方、『乱歩と名古屋』の版元風媒社の林さん、あともちろんシマウマさんなど、たくさんの方が参加され、あれこれと話をしました。時間の進むのがはやく、途中からはあまり憶えていないのですが、諏訪さんによる、恩師種村季弘の思い出話、小松さんの守備範囲の広さ(アニメから尾張柳生まで)、そして盛り上がったのが、来年一箱古本市をどこでやるか。四谷通り、大須円頓寺などいろいろな場所が候補に挙がりました。ぼくのイメージは四谷通りなのだけど、なつかしの円頓寺というのも捨てがたいなあ。


 23時過ぎにお開き。どうでもいいことですが、本山から大曽根方面に帰る人が、普通に名城線に乗ることに、時の流れを感じましたねえ。名城線環状線として繋がるのは、小学校の頃のぼくの悲願だったので。たしか6年生のとき『名古屋市基本計画』というようなタイトルの本が出て、ぼくはそれを市役所だか区役所だかで買ったのですが(たしか当時2000円以上する立派な本でした)、そこには、10年後、20年後の名古屋の未来図が載っていて、地下鉄の路線図なんかスゴいことになってました。その半分ほどは、いまだに着工すらされていませんが、少なくともこの環状線は実現したわけです。同じクラスでやはりこの本を持っていてお互いびっくりした渡辺くんは、いま頃どうしてるかなあ。

 最後まで送ってくださった上原さんや、リブロの青木さんと、そんな話をするうち(確かしたような気が)、名古屋駅到着。お別れのときとなりました。名古屋のみなさま、大変お世話になりました。また来年、楽しみにしています。 

(宮地)

*1:バカラックの自演で、タイトルはたぶん”No One Remembers My Name”

*2:今日伺ったお店では、ほかにも「le petit marche」「cesta」「ワンオンワン・ブックス」「シマウマ書房」に置いていただきました。

ぼくは名古屋でうまれた

 5時15分、予定より少し早く、名古屋駅裏へ到着。最後の2時間くらいは結構ぐっすり眠れました。快調です。地下鉄に乗るのに駅のコンコースを横切ると、こんな時間なのにもう「みどりの窓口」が開いていたのでダメ元で立ち寄ると、明日の晩の「ムーンライトながら」があっさり取れちゃいました。ここ1週間くらい、毎日のようにチャレンジしてたのが嘘のよう。


 東山の実家で朝食と3時間ほどの仮眠を取り、お昼近くなって、いよいよBOOKMARK NAGOYAめぐりに出発。まずは歩いて5分ほどの雑貨屋「le petit marche」。こちらの店主の滝村美保子さんは、イラストレーターの松尾ミユキさんとの「les deux」というユニットで、「なごやに暮らす」という洒落た小冊子をつくってこられた方。昨年からは、あらたに「東京旅行」をはじめられ、その第1号でほうろうも取り上げていただいたのです。残念ながら滝村さんはご不在でしたが、開催中の「本を遊ぶ」展を拝見し、BOOKMARK NAGOYAのガイドブックも入手。これでようやく本日の作戦が立てられます。スタンプラリーもスタート。

 まずは矢場町へ。パルコ4階リブロで開催中の「名古屋大古本市」(「名古屋一箱古本市」改め)。ほうろうから出した本の売れ行きはボチボチといったところでしたが、岡崎武志堂、火星の庭古書現世といったお馴染みの方々にまじって、名古屋のみなさんがたくさん出店されていて、新鮮でした。出たばかりの『エルゴラッソ特別編集 Jリーグ プレーヤーズガイド 2008』を買い、店長の辻山さんと少しお話。イベント全体も古本市自体も好評で、また来年もという声も出ているそう。よかったです。

 次は、「名古屋大古本市」で気に入った、大須「古本屋 猫飛横丁」に行くことに。ガイドブックを見ながら、その途中にあるお店にも寄ったのですが、「街並み」写真展のSEANTは棚卸しのため臨時休業、「ちいさなカフェのちいさな写真展」のCafe Loffelは中年男がひとりで入るのはちょっとムリめ*1、となかなかうまく行きません。そろそろお腹も空いているのですが、「せっかく名古屋に来たのだからおいしいものを」という浅ましさからなかなか店を決められないままランチタイムは過ぎてゆき、そうこうするうちに「猫町横丁」へ到着。しかし・・・、ここもお休み。本日、ぼくのリュックサックのなかには375部の「不忍ブックストリートMAP」が詰め込まれているのですが、ここまでまったく減りません*2。肩が痛くなってきました。


 しょんぼりしながら、大須観音から鶴舞線。丸の内で降り*3「YEBISU ART LABO FOR BOOKS」へ。雑居ビルの4階で、エレベーターがないことを知ったときは、ちょっとクラっときましたが、でもこんどは開いてました。ここは、今回のイベントの発起人である黒田さんと岩上さんのお店。アート系の洋書にセレクトされた古本、それにミニコミをはじめ、自主制作されたあれこれの紙モノが揃っています。塔島ひろみ『大安の日はあんぱんを食べる(増補版)』を購入して、ご挨拶。若くて気さくなおふたりに、BOOKMARK NAGOYAをはじめるに至った裏話などをあれこれ伺い、不忍ブックストリートMAPも置いていただきました。

 すぐにそばにある、北欧のアンティークの家具を扱うお店「Favor」で3つ目のスタンプを押してもらい、まず最初の景品「しおりセット」をゲット。気分的にはやや上向きになってきたので、近くのバス停「外堀通り」まで歩きます。バス停のすぐ後ろは名古屋城の外堀。ぼくが子どもの頃は名鉄瀬戸線が走っていたところで、よく見るとまだその名残りも。お目当ての名駅14系統のバスは1時間に1本だったので、幹名駅1系統に乗り、白壁で下車。この辺りは中学高校と部活の際によく走ったので土地勘はあります*4。ただ、ちょっと外れると見知らぬ場所。尼ケ坂駅方面に歩いていくと、前方にこんもりとした森が現れ驚きました。片山神社だそうです。でもこの景色は見られてよかった。結果オーライで、運も上向いてきたようです。急な階段を降り、瀬戸線の高架をくぐってしばらくいくと、次のお店「尼ケ坂」がありました。

 ここは思っていたよりずっと広いお店で、本も(古本も)ある雑貨屋、兼イベントスペースといったところでしょうか。入ってすぐのところには、立派な厨房さえあります。吹き抜けの一部にくくり付けた(ような)2階はギャラリーです。オーナーの今枝さんはデザイナーが本職。ニューヨークにも長くいらしたとのこと。生まれ育ったここ尼ケ坂の地で、人と人の出会う場をつくりたいと仰ってました。明後日には、ユトレヒトの江口さんのトークなども予定されています。

 瀬戸線に乗り、17時過ぎ、栄。欲をかいて昼食を取り損ねた空腹と、重いものを背負って歩き過ぎた疲労が、ともに頂点に。飲もうと思っていた友人とも連絡が取れず、「もうダメだ」とばかりに、市バスで伏見へ。バス停のすぐそばにある「大甚」は、名古屋の呑み助はみんな知ってる安くておいしい大衆酒場。ときどき父に連れてきてもらったこの店で、とりあえずビール1本に刺身と小鉢かなんかを適当にみつくろって休憩しようかと。でももう一度だけと、電話をしてみるとようやく友人と繋がり、19時半ぐらいに落ち合うことに。だったら、と方針変更して千種へ戻ります。
 

 千種は中学高校の6年間、毎日通った場所。駅前に降り立つと、やはり懐かしい。そしてこれから向かう子どもの本の専門店「メルヘンハウス」は、小学校の頃から行っていたお店。とはいえ、その頃はもっと家の近くの四谷通りにあったのですけどね。でもその移転先が千種、というのも縁があるようでうれしい。新しく、そして広くなったお店のなかをぶらぶらと歩いていると「何かお探しですが」と声をかけられる。振り向くとオーナーの三輪さん。もちろん先方は憶えてらっしゃらないけど、懐かしい笑顔です。

 30年ほど前によくお邪魔したこと、巡り巡って現在は古本屋をしていること、ここで紹介された本との出会いがなければ、ひょっとしたら別の仕事をしていたかもしれないこと、などを話す。三輪さんもとても喜んでくださり、不忍ブックストリートMAPも置いていただけることに。「1部は僕用にして、東京に行ったときには寄らせてもらいます」とのお言葉まで。

 ひと通り棚を眺めたあと、このあと会う友人のお子さんふたりへのプレゼントを購入。ヨックム・ノードストリュームの『セーラーとペッカ、町へ行く』と、さいとうしのぶの『子どもと楽しむ行事とあそびのえほん』。『セーラーとペッカ』シリーズは、去年読んだ絵本で一番気に入ったもの。男の子に。『行事とあそびのえほん』は、ちょうど翌日からここで原画の展示がはじまるのを一足早く見せていただいたので、これもご縁と思って。これは女の子に。本を買ったときに押してもらえるスタンプが、むかしとちっとも変わっていないことを知って、感激してしまいました。

 かつてここで紹介していただいた本のなかで一番印象に残っているのは、打木村治の『天の園』と『大地の園』。埼玉県唐子村(現・東松山市都幾川のほとりで生まれた河北保少年が、大人になっていくまでを描いた全10巻の大河小説です。とくに旧制川越中学に入学してからの日々を描いた『大地の園』は本当に何回も読み返したので、いまでもちょっとしたきっかけがあると、川越の町並みや、飯能の展覧山、姉の働く製糸工場へ向かう鉄道馬車、といった風景が甦ってきます。10代のある時期、ぼくは間違いなく保少年の影響下にありました。また、上京して数年後、はじめて丸木美術館を訪れたときは、原爆の絵の衝撃ももちろん大きかったのですが、それと同じくらい、はじめて都幾川にやってきたという感慨がありました。

 あともう1冊、『ズッコケ三人組』でおなじみの那須正幹が書いた、ズッコケじゃない作品『ぼくらは海へ』も忘れられません。端折ってしまうと、小学生の仲間数人が、埋め立て地の小屋を隠れ家にし、廃材で筏を組み立て、海へ出る、というお話なのですが、そういう字面とはまったく違う感触の小説で、とてもショックを受けました。子どもたち一人一人の人物設定や、物語全体の背景がとてもリアルで、自分にもそういうできごとが本当に起こりそうな気がするのです。だから、ちっぽけな筏で大海原を漂うふたりの姿は、いまもぼくのなかにあるし、セイタカアワダチソウという言葉を聞くと、いまでも心がざわつきます。

ナルニア国物語』のような定番ものも、もちろんたくさん教えていただいたけれど、こういった当時最新の日本の児童文学を紹介していただいたことが、ぼくにとってはとても大きかった気がします。発行年を見る限り、『ぼくらは海へ』なんかは出版されたばかりだったようだし、そういうものをすぐにきちんと評価して、子どもたちに推薦するというのは、素晴らしい仕事だと思います。


 さて、千種にはもう1軒素晴らしい本屋があって、その名を「ちくさ正文館」といいます。正面から店に入ると、ぼくが子どもの頃から変わらない高い天井の店内に、人文関係の本がぎっしりと並んでいます。すぐに吉田秀和の新刊『永遠の故郷―夜』が目につきましたが、どうせ買うなら初版がいいなと思い直し、数ヶ月前、京都の恵文社から出た『みんなの古本500冊』を手にレジへ。ご挨拶して、店長の古田さんとはじめてお話したのですが、話せば話すほどはじめてとは思えない展開に。

 棚はね、いつも鮮度が落ちないようにしてる。DVDやCDはサブテキストじゃなくて、置かなきゃいけないモノ。新刊本屋は内容の質を落とさずにどんどん変えなくてはダメ。だいたいシーンの動きって同時多発的に起こるじゃない。そうしたら、本屋としてどう見せるかって考えなきゃ。各ジャンルで、現在、先鋭的な活動を行っている人物やその著者なんかは、ウチの店では問い合せがあったら絶対答えられなければいけないと思ってる。

 これは、今回のガイドブックの冒頭に置かれた古田さんの文章からの引用で、こういう考えをお持ちの方ですから、当然さまざまな方面への目配りが行き渡っているのですが、「もともとはこっちの人間なんだよ」と見せてくだったのが、今池のライブハウス得三のチラシ。指差された2月6日はなんと「ふちがみとふなととジャズな仲間たち」で、「古田一晴(映像)」とのクレジットが。ふちふなのお二人以外にも、藤井郷子、田村夏樹など、そうそうたるメンバーが揃ったこのライブに、古田さんはどんな風に「映像」で加られたのか、とても興味があります。3月には別のライブハウスでOlaf Rupp&羽野昌二との「共演」もあるようですし、まずご自身が先鋭的な場所にいらっしゃるのですね。

 で、ふちがみとふなとの名前が出たので「ふちふなさんにはうちでもライブをしていただいたんですよ」と言うと、「本当か?」と目を丸くされ、ぼくの肩をポンポーンと叩いてくださったのはうれしかったなあ。当然、鬼頭哲くんのこともよく知っていて、「そうか、鬼頭と同級か」と楽しそうに頷かれ、そこからはまるで旧知の客相手であるかのように音楽や本の話をたくさんしてくださりました。不忍ブックストリートMAPについても、「こちらからお願いしたいくらいだよ。いつでも送りつけていいから」とまで言っていただき、感無量です。

 ちくさ正文館については10代の頃から敬意を払っていたし、この仕事をはじめてからは、あんな老舗にもかかわらずフリーペーパーやチラシを置くコーナーを大事にしていることに、共感とともに畏敬の念を抱いていたのですが、今日古田さんにお会いして、なんだかすべてが腑に落ちました。


 これにて、本日の本屋さん巡りはおしまい。「大甚」に入らず千種に行ったところが、最大の分れ道だったようです。このあとは、栄に戻って友人と落ち合い、やはり高校の同級生がやっている居酒屋「Hioki」にて楽しい宴。はじめて連れてってもらったのですが、すごい種類のベルギービールと、とってもおいしい地鶏の店。卒業以来はじめて会う友人もたまたま居合わせたりして、したたかに酔っぱらううち、夜は更けていきました。

(宮地)

*1:翌日、今回のガイドブックをつくられた「SCHOP」の上原さんとお話ししたら、「いや、外見はそうかもしれないけど、ほうろうさんはきっと気に入ると思いますよ」とのこと。次回はぜひ。

*2:リブロにはお正月にお願いした分がまだ残っていました。

*3:本当は伏見の方が近かった。鶴舞線については、正確な駅の場所を把握できていないことを痛感しました。開通した日に初乗りしてるんですけどね。

*4:学校の周りをぐるぐる走るのは「建中寺」。もう少ししっかり走るコースは「代官町」。そして遠出する場合は「名城公園」とそれぞれ呼ばれていました。

出発の準備

 新宿22時50分発の夜行バスで名古屋に向かうため、そこから逆算して一日の予定を立てました。まあ、めったにないことです。
 本当は、

というような流れが理想的だったのですが、実際は、

      • とるものもとりあえず、渋谷へ
      • 今夜、列車は走る
      • フレッシュネス・バーガー
      • チラシとチケットを店に置いてから、自宅へ
      • 荷造り&前日の日々録アップ&通販のメールやりとり
      • 缶ビールを買い込みバスへ

というバタバタな展開に。

 ようやく乗り込んだバスは、2800円という値段もあってちょっと心配していたのですが普通の観光バスで、ちゃんとリクライニングもするし、毛布も貸してくれました。適当に空いていたこともあって、2座席分独占できるところもOK。ただ、すぐに消灯しちゃうため、本が読めないんですよね。ずっと眠り続けられるほどは快適じゃないので、これは大きなマイナスでした。値段を考えれば些細なことですが。

(宮地)

「Poetry in the Kitchen」の佐藤わこ 

 で、仕事は20時くらいに切り上げ、ミカコと水道のポエトリー・イン・ザ・キッチンへ。まだご存じない方も多いでしょうが、後楽園の先、大曲の交差点のそばにあるタトルビル2階の一室。7人が共同でシェアして、曜日ごとにさまざまなことが行われている、開かれた居心地のよいスペースです。今晩は、そのうちのひとり、佐藤由美子さんが新たに立ち上げた、小さな出版社トランジスター・プレスの、刊行記念のリーディングの会。

 由美子さんとは、彼女が「American Book Jam」の編集をしてらした頃からのお付き合い。「12 water stories magazine」時代にはミカコの日記を載せていただいたりもしたし、第1回の一箱古本市にも出店してくださった。共通の知り合いも多い、というより、由美子さんがいなければ出会わなかっただろう人のなんと多いことか。たとえばカワグチタケシさんとも出会わなかっただろうし、だとしたら小森(岳史)くんとも会ってない。もしこの5年ほどの間、千駄木に小森くんがいなかったら、ずいぶんさびしかっただろうな。というようなことを、たぶん由美子さんと出会った人はみんな感じているに違いなく、それは彼女が一貫して、少数派のための「場」をつくり続けている人だからだと思う。ラディカルに、けれどもけっして押し付けがましくはない態度で。

 今日トリをつとめた佐藤わこさんとも、そんな流れのなかで知り合ったのでした。
 トランジスター・プレスの第1回刊行作品として装いも新たに出された『ゴスペル』の全編を、ゲストのパーカッショニスト渡辺亮さんのしなやかなリズムをバックに朗読するわこさん。その美しい声に耳をすますと、この10年ばかりのことがあれこれと思い出されてきます。


 もうずいぶん前の、うちの店での朗読会。書棚をどかした店内で、朝まで飲んだこと。ますだいっこうさんと出会った夜。いっこうさんは今日もいらしてるけど*1、笑顔はあのときと変わらない。また別の一夜。その打ち上げの席。今はもうない道灌山通りの「養老の滝」の2階で、さいとういんこさんに占いをしてもらっているミカコの姿。そうそう、あのときが小田木さんとの初対面だったなあ。
 はじめて究極Q太郎さんを観た上野の水上音楽堂。はじめてQさんと飲んだ「谷中鳥よし」での3K3打ち合わせの会。3K10の揃いのTシャツを着て「小奈や」でくつろぐ、究極、カワグチ、小森、3人の姿。Qさんはいつだってチャーミングだ。
 あと、そう、ふじわらいずみさんのことも。あれはいつだったか、たしか新宿の地下の店で聴いた、いずみさんと谷山明人さん(当時、春犬バンド)の共演。あれはよかった。今日もそうだけど、パーカションと詩、各々のリズムがからみあうのがぼくは好きなんだろうな。彼女はいま、ミラノで個展を開いている
 そして、それぞれの場所でいつもにこやかな表情を浮かべるカワグチタケシ。もちろん、今宵もここに。


 詩作についても、リーディングについても、まあ門外漢と言っていいぼくたちが、でもこんな風に、少なくはない時間を彼らと共有してきた。なんだか不思議なものです。そして帰る際のわこさんからのひとことが、そんな気持ちをさらに強くさせました。彼女はこう言ったのです。
「『ゴスペル』を全部読んだのは、ほうろうさんで演ったとき以来ですよ」と。


 写真は、こんど出た『ゴスペル』と、以前プリシラ・レーベルから出ていたリーディングのCD『Gospel』。

『ゴスペル』は、同時発売の仲光健一『黄色い象』とともに、まもなくほうろうでも取り扱う予定です。上記の文章ではうまく触れることができなかったのですが、はじめて聴いた仲光さんも、独自のスタイルを持った印象深い方でした。

『Gospel』の在庫は、残念ながらもうありません*2。ただ、お聴きになりたい方はレジで仰っていただければかけることはできます。また、『Indigo Blue』というカセット・テープなら1本残っています。これはレアなのじゃないかな。

(宮地)

*1:休憩時間に久しぶりにお話したら、いっこうさんは水族館劇場の桃山さんと面識があるとのこと。かつて上演中止になった「最暗黒の東京」といったようなタイトルの芝居のとき、現場で出会っているそう。びっくりしたけど、よく考えたらけっして意外ではないですよね。いっこうさんは『世界屠畜紀行』も読んでらした。

*2:3月2日、再入荷いたしました。1500円です。

ほおずき千成り市 立ち上げ会

 14時より大観音にて、今年のほおずき市の立ち上げ会。去年の反省会の際あがった問題点や、それぞれがお客さんから伺った感想などをもとに、また、少しずつ、よりよいやり方を模索していきます。みな気心の知れたメンバーだし、富士子さんのおいしいお料理とお酒でどんどん気分も良くなるので、話はすぐにあちこち脱線していくわけですが、でも、それこそが大事なことだったりするのです。終わったのは20時近く。蓮華堂の窓にうつる景色がコマ送りのように闇に包まれていく、あっという間の6時間でした。
 ぼくとミカコは今年も食堂に入り「チキンライス」をつくります。まだ気の早い話ですが、どうぞよろしく。

駒込大観音 ほおずき千成り市

  • 日時 7月9日(水)& 10日(木)16時〜21時
  • 場所 光源寺(文京区向丘2-38-22)

(宮地)