雑誌「EQ」の10年


 1978年に創刊された「ミステリーの総合誌『EQ』」を創刊号から55冊揃いで出しました。元になっているのはもちろん「Ellery Queen’s Mystery Magazine」。そもそも早川書房が持っていた版権が切れ、新たに光文社が日本版を出すことになったようなのですが、裏になにか事情でもあったのでしょうか。記念の対談でクイーン氏(というかダネイ氏)と対談しているのが松本清張というところは、光文社ならではですが。

 ぼくはミステリー・ファンとはとても呼べない人間なので、リアルタイムでこの雑誌を手に取ることはありませんでしたが、そんな者にとっても、楽しめる記事や興味深い連載がいくつもありました。なのでそっち方面の方ならば、勉強するにしろ暇をつぶすにしろ何かと使いでがあるんじゃないかと思います。おもに100円均一でこまめに集められたものなので状態はそれなりですが、これだけまとまって出ることはあまりないでしょうし、置き場所さえあればお買い得ですよ。お値段はこちら

 写真は第12号のもの。表紙は鶴本正三(AD)と辰巳四郎(イラスト)というコンビがずっと担当しています。正直あまり好みではないのですが、そんななか1冊選んだのがこれ。

 では、以下、ざっと眺めてみての感想です。


 手元にあると便利だなと思ったのは、37号から42号にかけて連載された、H.R.F.キーティング他・編の『代表作採点簿』。元版は1982年にイギリスで刊行された『Whodunit?』の第1章だそうですが、たぶん日本では本にはなってないんじゃないかなあ。約530人の作家の、1000冊ほどの作品が取り上げられ、characterization(性格描写)plot(プロット)readability(読みやすさ)tension(サスペンス)の4項目について10点満点で採点する、というもの。著者についての簡単なコメントもついています。ある作品にどういう評価がされているか、というだけでなく、どの作品が「代表作」として取り上げられているか、というのも興味深いところです。

 どれどれ、と自分の贔屓の作家の項を見てみると、たとえばパトリシア・ハイスミスは『太陽がいっぱい』『愛しすぎた男』『リプリーをまねた少年』の3作品。なかでもあとの2作は「読みやすさ」「サスペンス」が満点で「性格描写」も9点という、最高ランクの評価です*1。曰く、

正直にいえば、ある人たちにとって彼女の作品は嫌悪の対象となるが、そうでない人にとっては、このジャンルの小説から得られる最大の楽しみとなっている。

ただ、これはまあ頷ける話。というのも、ぼくがハイスミスを読むようになったのはご多分に洩れず小林信彦が絶賛していたからですが、キーティングのこともやはり小林信彦に教えられて知ったので。たしか「リテレール」だったと記憶してますが、「今年の収穫」みたいなコーナーで『海外ミステリ名作100選』*2を挙げてらしたのです。きっとこの二人はミステリーに対する考え方が近いのでしょう。いずれにしても「チャンドラーも星がいっぱい並んでるなあ」とか「ウェストレイクやウールリッチはそんなもんすか」などとぶつぶつ言いながらページをめくるのは楽しいですよ。おすすめです。



 連載では、創刊号から続く「EQアトランダム」も面白そう。ミステリーを毎号さまざまな角度から考察する8ページのコーナーで、第1回のタイトルは「ミステリー・クルマロジー」。あれこれの作品に登場する自動車についての蘊蓄が語られています。これについては車に疎いぼくにはあれですが、たとえば、鮎川哲也「レコード音楽とミステリー」、小池滋「ミステリーと鉄道」、瀬戸川猛志「ミステリー映画漫歩」などという回は読んでみたいと思わされます。他にも書き手としては、鏡明渡辺武信いしいひさいちなどが登場、タイトルでは「子どもの世界の探偵たち」「消印の検証」「独身探偵は何を食べているか」なんてのに食指が動きました。

 あと、この雑誌でうれしいのは、桜井一のイラストがほぼ毎号載っていること。初登場は5号、「EQアトランダム」の中島梓「ファッショナブルな探偵たち」の挿絵で、以後、ほぼ毎号何かしら描いてらっしゃいます。26号のアトランダムでは自ら「ミステリー・マップ制作譚」も執筆。さらに45号からは、ミステリ好きの集う店を取材したイラスト・ルポ「ミステリー・スポット」も連載開始と、この雑誌に欠かせない顔となっていたようです。なぜぼくが桜井さんに惹かれるに至ったかについては、以前、旧日々録に書きました。よかったら読んでみてください。ほとんどの人はミステリー経由でこの人のことを知るのでしょうが、ぼくの場合、やはり鉄道からなのです。
 そうそう、鉄道といえば19号から22号にかけては『鉄路のオベリスト』という作品も掲載されています。作者はC・デイリー・キングという知らない人ですが、翻訳がなんと鮎川哲也。これはちょっと気になります。検索してみると、この連載をもとにカッパ・ノベルスから抄訳本が出ているようなのですが、随分いい値段がついて驚きました。たしかに見たことはありませんが。


 もうひとつ、28号からはじまった「郷原宏のミステリー調書」の第1回、結城昌治へのインタビューも、ファンとしては見逃せない記事でした。タイトルは「ハードボイルドはジャンルじゃない」。ちょっと引用します。

 結城 自信作なんてないよ。そりゃありませんよ。まあ、自分で比較的納得のいってるのは『暗い落日』ですね。タネを明かせば、あれはロス・マクの『ウィチャリー家の女』の不満な部分を補うつもりで書いた。あの話、ちょっと変でしょ。食えば太るってものじゃないし、ああいうリアリティのない小説はがまんならんね。だから、ぼくは一人称使って、もちろん全体としてはかなわないけど、その点だけはロス・マクよりちゃんとしたものを書いたと思っている。 

 これは有名なエピソードで、たしか講談社文庫版『暗い落日』の解説で原尞も触れていたような。結城さんのこういう強い口調は珍しい気がします。でも、もちろんロス・マクドナルドのことを高く評価した上での発言で、少し前の部分では以下のように語っています。

 ただ推理小説として見た場合、チャンドラーよりロス・マク(ドナルド)のほうがうまいですね。短篇でも長編でも、チャンドラーはちょっとセンチメンタルに流れすぎる。
 ―とくにお好きな作品は?
 結城 ロス・マクについていえば、『縞模様の霊柩車』と『ウィチャリー家の女』、わりあい近いところでは、『地中の男』でしょうか。チャンドラーでは『長いお別れ』ですね。

 日本でロス・マクドナルドの代表作というと、だいたいこの2作に『さむけ』と相場が決まっているのですが、そういう意味では前述の「代表作採点簿」は全然違っていて、おもしろいなあと思いました。『ギャルトン事件』『ドルの向こう側』『眠れる美女』の3作。しかも『ドルの向こう側』に至ってはオール9点とほぼ最高の評価。やっぱりお国柄のようなものがあるんでしょうかね(チャンドラーも『長いお別れ』が入ってません)。ちなみにコメントはこんな感じでした。

マクドナルドは、チャンドラーの鮮明な文体を受け継いでいるが、それだけではない独特の言葉も持っている。持ちすぎていることもまま見受けられる。だが、突然の輝きを見せる彼の描写力は、一介の私立探偵の気のきいたコメントの域を超えている。


 最後にオマケの写真を1枚。創刊号に掲載されていた『神野推理氏の華麗な冒険』の広告。このシリーズはぼくがはじめて読んだ小林信彦の作品なので、それなりに思い入れがあり、ちょっとうれしかったです。
(宮地)

*1:にもかかわらず、この2作品は当時まだ未訳でした。翻訳され本が出たのは、10年以上後の1996年。

*2:今回久しぶりに紐解いてみたら、ハイスミスが素晴らしい序文を寄せていました。ちなみにこちらでキーティングが取り上げていたのは『太陽がいっぱい』と『変身の恐怖』。