一箱古本市 2日目後半篇「オヨヨで見つけた底なしの箱」

 依然雨は止みませんが、この先は遠出となるのでいつも通り自転車で出発。まずは往来堂書店から。

 ここには、売上点数上位の常連「古書北方人」さん、某ブログ主が趣向をこらして出店された「肌色文庫」、1日目にやはり往来堂で助っ人もしてくださった昨秋ほうろう賞の「たけうま文庫」さんなど多士済々。なのですが、雨を避けるため入口手前両側に置かれた箱はそこで人が滞ってしまうためゆっくりは見られず、後ほどあらためて回ることに。これは古書ほうろうにも、後述のオヨヨ書林にも言えることですが、雨対策は「濡れないよう避難できる」ことを条件に箱数の設定をしていて、「雨が降っても余裕をもって買物ができる」ようにはなっていません。もちろんそのように準備することもできなくはないのですが、そうすると今度晴れたときにさびしくなっちゃいますから。難しいところですが、やっぱり「晴れたとき最高に楽しくなる」ことが大事だと思っています。



 次に向かったギャラリーKINGYOは、第1回からずっと場所を提供してくだっている大家さん。大きなひさしがあるのに加え、これまでより出店数も減らしたので人出以外には雨の影響はありません。ここで気に入ったのは「piano key」さん。事前にホームページも拝見していたのですが、ご自分で絵を描かれる方で、手製のポストカードなどのグッズとともに、洒落たカバーの文庫本が面出しで並べられていたのが目を惹きました。そのなかからクリスティの『パーカー・パインの事件簿』(創元推理文庫)を200円で購入。装幀は「S.D.G.太田英男」なる名義で、はじめて知りました。どういう人なのか、こんど調べてみなくては。

 本当だったら次のスポットは一昨年以来となるクラフト芳房。なのですが、この天気では無理と判断し、スタート時点から箱は根津教会に移動しています。ただ、突然変更になったことであり、スタンプラリーのこともあるので、助っ人で、1日目には店主としても参加された「みかん箱」のおふたりには、予定通りここに常駐していただいています。立ち寄って様子を訊き、芳房さんにもお詫びとお礼を。しんどい役回りにもかかわらず、一日気持ちよく番をしてくださった「みかん箱」のおふたりに感謝。 


 大所帯となった根津教会ですが、そこは教会なのでスペース的には余裕綽々。外に出した昨年はつつじ祭りのお客さんも次から次へといらっしゃるためやや騒然としていましたが、室内だとそういうこともなく、古本好きの集う濃密な空間となっていました。ここも映画保存協会同様、雨で避難したことで別の可能性を知ることができた場所と言えそう。来年以降は「晴れても屋内開催」のスポットをつくるかもしれません。
 ここでいちばん目についたのは「旅する本屋 放浪書房」。黄色いPOP、売り方の趣向、店主さんのかけ声、と3拍子揃い、「新刊書店としても参考になる」ということで往来堂賞を受賞。売る本の種類を厳選し、その代わり気に入ったものは何冊も仕入れて平積みにする、というのは、一箱古本市では異彩を放っていました。また、結果的に売上1位となった「あずき・きんとき」さんも楽しい箱。手づくりの豆本のなかにははとちゃんの絵本もあってこれはちょっと迷ったのですが、今日は大きな買物をするかもしれないので見送り。あと「ブックマーク・ナゴヤ」では、先日お世話になったYEBISU ART LABO FOR BOOKSのおふたりにもご挨拶できました。
 で、個人的にいちばんしっくりきたのは「つん堂」さん。趣味のよい文庫本がお手頃な値段で並んでいました。久保田万太郎の『火事息子』(中公文庫)を200円で購入。この本ははじめて読んだ万太郎ということもあって思い入れがあるのですが、うちの店では10年ほどまえ入荷して、読んですぐ売って以来一度もみかけませんねえ。「つん堂」さんは長年古書ほうろうを利用してくださっているお客さまだったのですが、今回はじめてちゃんとお話できてうれしかったです。



 オヨヨ書林も箱はまだ店の中。やはり窮屈ですが、ここには今回もっとも注目している「書肆紅屋」さんが出されてますから、まずはそこから。「シブいとしかいいようのない本をお手ごろな価格で出品します」という謳い文句はダテではなく、事前にブログで発表されていた本たちが整然と並べられています。今日一日ぼくの心を惑わすことになる小林信彦の『エルヴィスが死んだ』もちゃんとあって、とりあえず一安心。紅屋さんは今回ずっと助っ人としてお手伝いいただいているので、すでにお顔なじみ。1冊ずつかけられたグラシン紙*1、お客さんの見やすさを考えた工夫の凝らされた箱の造作と、出品されている本だけでなく、すべてがお人柄通りの素晴らしい箱でした。
 お隣の「ドンベーブックス」さんもやはり助っ人として準備の段階から何度も足を運んでくださっている方。ただ、紅屋さんと違ってブログを書かれているわけではないので、本の趣味についてはほとんど知らなかったのですが箱を見てみるとこれがスゴい。その守備範囲が広さたるやドラゴンズの二遊間並みで、古本好きの琴線に触れるものたちが、お値打ち価格でゴロゴロしています。ほうろう賞の候補になるのは間違いないので、ネタとしてとりあえず滝田ゆう『裏町セレナーデ』を800円で。ほかにも天本英世の『スペイン巡礼』や、窪川鶴次郎の『東京の散歩道』など、ぼくの好きな本がたくさんありました。

 
 と、ひと通り回り終わったところで13時。いよいよ箱を外に出しはじめたオヨヨ書林を後に店に戻ると、ほうろうも表の軒下に箱が移動されていました。相変わらず、止んだかと思うと降ってきますが、雰囲気はやや良くなりました。山崎、神原と交代してしばし店番。1日目に比べると、やはりお客さんは少ないですね。
 戻ってきたミカコに店を託し、最後のひと回りに出たのは15時過ぎ。ほうろう賞もまだ決めかねているし、売れ残っていたら買うつもりの本もさらわなければいけません。気になっている箱すべてを回るのはもう無理ですが、最善は尽くさないと。


 まずは狸坂を上って旧安田邸、塩山さんの「嫌記箱」。お目当ての、諏訪優『猫もまた夢をみる』はまだ残っていました。廣済堂文庫版が150円なり。「これ安いんじゃないですか」と訊ねると、いつもながらの笑顔で「ブックオフでよく100円で転がってるじゃないですか」。そんなことないと思うんですけどね。題名通りの猫についてのエッセイや詩を集めた本ですが、諏訪さんは長くこの界隈に暮らされたので、文中には馴染みのある場所もいくつか登場します。たとえば、こんなところ*2

田端の駅に近く、宝珠山・与楽寺わきのわたしの住居から、急な坂を上ったあたりに、芥川龍之介さんが住んでいた。
現在は当時の塀の一部と植木が残っているだけだが、なにか、なつかしく、かなしくもある一角で、わたしの毎日の散歩の足はそのあたりへ及ぶ。


 ここ1年ほど、店への行き帰りに与楽寺のわきを通り過ぎているものとしては、そこにかつて諏訪さんが居たという事実は、芥川龍之介が住んでいたという以上に、胸に迫るものがあります。与楽寺の前の、そこだけ妙にがらーんとした不思議な空間は、たぶん諏訪さんがいらした20数年前とほとんど変わっていないんじゃないでしょうか。今回の一箱古本市では、千駄木側の山をはじめてコースに組み入れることができたのですが、田端のあの辺りもいいところなんですよね。一箱をやるにはちょっと遠いのだけど。

 さて、旧安田邸を後に保健所通りを直進し、団子坂をまたぎ、かつて鴎外記念本郷図書館だった(つまり、鴎外旧居「観潮楼」跡)のわきをすり抜け、薮下通りを下りきったところを曲がってしばらく行くと、そこはもう不忍通りで、目の前には往来堂書店が現れます。せっかく千駄木側の山で開催することができたのだから、本当だったらお客さんにも店主さんにもぜひこの道を歩いてほしかったのですが、無理なくそうしてもらうには、途中もう一箇所開催スポットが必要で、今回はそこまでできなかったのです。次回への宿題ですね。


 往来堂の前は、先ほどとは打って変わった賑わい。外に並んだ箱の前にはたくさんのお客さんが群がり、いつもの一箱古本市らしさを取り戻していました。もう少し早くこうなってくれれば、と思わずにはいられませんが、わずかな時間でもこの雰囲気が戻ってよかった、と考えることにします。
 まずは着物姿も艶やかな「Tef Tef」さんにご挨拶。おふたりのうちのYさんには、今回助っ人として、スタンプラリー景品の缶バッチのデザインをお願いしました*3。そして、先ほどはまったく見ることのできなかった「たけうま書房」さんの箱にも。昨秋同様、音楽中心の凝った品揃え。今回は、販売するCDを試聴できるよう、iPodに音源を入れてこられたそうで、本当はそれを聴かせてもらいながらのんびり選びたいところですが、いよいよ時間がなくなってきたので「remix」のリー・ペリー特集と、いましろたかしの『トコトコ節』をそれぞれ300円で買うにとどめました。


 最後はオヨヨ書林。こちらも往来堂同様、ホッとする人だかり。よかった。近づいてみると、どの箱も閉店間際のセールを開始していて、それがさらに賑わいに拍車をかけているようです。ぼくの最大の関心事は『エルヴィスが死んだ』が残っているかどうかなので、何はともあれ「書肆紅屋」さんの箱を覗きたいのですが、ただでさえ良いものが多い紅屋さんの本が半額とあって、なかなか近づけません。そこで、まずは「路字」へ。先ほどご不在だった仲俣暁生さんにはじめてご挨拶して、出たばかりの「路字」1号を店用に15部いただきます*4

 続いて「ドンベーブックス」は、ちょうど値札を半額に書き換え中。でもそれはちょっとおかしい。昼間みたあの箱の品揃えと値段なら、いくらこの天気だからって半額セールやるほどは残ってないんじゃ?とみてみると・・・。おお!まだまだたくさんの本があるぞ。さっきはなかった本もあるぞ。たくさんたくさんあるぞ、という感じで、いやあ、びっくりしました。そして、申し訳ないとは思いつつも、岡山文庫199番『さすらいの画家 斎藤真一の世界』を、なんと100円で頂戴しました*5。ぼくにとってこの画家は「瞽女の絵を描く人」で、それ以外の作品についてはほとんど知らなかったのですが、この本ではその作品と生涯がコンパクトにまとめられています。これはよい買物をしました。

 そして最後の最後、ようやくたどり着いた「書肆紅屋」さんの箱には、『エルヴィスが死んだ』の姿はありませんでした。ああ。残念、でも、ちょっとだけホッともしながら「売れちゃいましたね」と紅屋さんに訊くと、「半額で売るわけにいかないものは除けておいたんです」と、奥から出してきてくださりました。やったー。売れ残ったら買うことになっていたオヨちゃんには悪いけど、いただいちゃいましたよ。500円オマケしていただいて6000円であります。
 うれしいなあ。もう10年以上この仕事をしてきて、ただの古本好きの頃にはなかなか見かけなかった本にもそれなりに巡り会うようになりましたが、でもさすがにこれは、組合に入らず、店での買取りだけでやってるうちのような店には入ってきませんから。はじめて小林信彦の本を買ってからかれこれ30年近くたち、ようやく手にしました。大事にしたいと思います。というわけで、この本は仕入れではなく個人的な買物。古書ほうろうには出ませんので悪しからず。


 本日この後のあれこれ、ファーブル昆虫館の撤収、集中レジ方式の精算、打ち上げイベント、インド料理屋での宴会、韓国料理屋での二次会、道灌山通り八剣伝」での北区民三次会については、いい加減長くなってしまったこともあるので、報告を割愛します。かなりのハイテンションであちこちにご迷惑をおかけしたやもしれませんが、なにとぞお許しください。たくさんの方といろいろなお話ができて楽しかったです。

 古書ほうろう賞は「ドンベーブックス」さんに差し上げました。タイトルにつかった「底なし」というのは、今日一日の「ドンベーブックス」の箱が実際底なしだった*6、というだけではもちろんなく、ドンベーさんという人の懐の深さが底のないように見えた、という意味です。そして、それをまた今度ほうろうでも見てみたいなあ*7、と、そう思って決めました。

(宮地)

*1:グラシン紙については、紅屋さんから新しい商売のヒントをいただきました。詳しくはこちらを。

*2:「田端日記」より

*3:イラストはもちろん内澤旬子さん。また業務用缶バッチマシーンの貸与および材料調達でははとちゃんのお世話になりました。

*4:ここのところ首ったけのデザイナー加藤賢策さんもいらしていて、ご挨拶だけはできました。加藤さんはTOKYOBIKEユーザーで、今回の新しい「路字」にも、自転車コラム「東北沢発五反田行き」という一文を書かれています。その感想や「路字」のデザインへの思いの丈!などもお伝えしたかったのですが、いずれまた機会があるといいなあ。

*5:岡山文庫と言えば書肆アクセス。アクセスなき今、どこに行けば手軽に買えるんでしょう。

*6:選ぶ段階では知らなかったのですが、集計結果も99冊で売上点数1位でした。

*7:ほうろう賞の副賞は、「古書ほうろうで1カ月間、一箱を出す権利」です。マージンは一切いただきません。過去にはこんな箱こんな箱こんな箱が。