歯には歯を


 今日はほかにもっと良い装幀の本も出しているのですが、作品への思い入れから、これを。クレジットもありませんし、帯なんか随分ヒドいものですが、時代の空気はムンムン伝わってきます。ちなみに裏表紙はこんな感じで、カバーを外すとこうなります

 ぼくにとって大藪春彦は重要な作家で、10代の頃は本当によく読みました。出会いはご多分に洩れず「野獣死すべし」で、たぶん中学1年くらい。父の本棚にあったのを何となく抜いたらたちまち惹き込まれたという、これまたありそうな話なのですが、それが数多ある『野獣死すべし』のどのヴァージョンだったか、ということで言えば、わりと少数派なのではと思います、少なくともぼくらの世代では。版元などは全然憶えていませんが、新書判で、表紙では日本の洋画家が描いたと思しき女性がけだるい表情を浮かべていました。

 その本のことを今でもよく憶えているのは、もちろん「野獣死すべし」に受けた大きな衝撃ゆえなのでしょうが、そのおかげで作品の内容以外の細かいところも結構記憶に残っています。全体がヴァラエティ・ブックのようなつくりで、たしか数ページ読み切りのコラムがいくつか収録されていました。あと拳銃事典のようなページもあったんじゃないかなあ。

 でももっとも印象に残っているのは「野獣死すべし(渡米篇)」。何じゃこりゃ、てな感じで、ずっこけました。まあ、マイク・ハマーにしろ、リュー・アーチャーにしろ、フィリップ・マーロウにしろ、ともかく誰であれ、当時のぼくに私立探偵の友だちはまだひとりもいなかったのだから仕方ないんですけどね。残念ながらこれがきっかけでお知り合いになるということもなく、彼らとあらためて出会うのはもうしばらく後のことになるのですが、でもその訳の分からなさゆえ、彼らの名前だけはこのとき脳裏に刻まれたのでした。

 で、長い前置きになりましたが、今日出したこの『歯には歯を』にはその「渡米篇」が収録されている、というわけです。1960年初版とありますから、たぶんこれが最初に本になった版でしょう。初出は「ヒッチコック・マガジン」のはずで、あとがきにも「なお、この渡米篇は、中原弓彦氏の協力を仰いだ」とあります。それこそ四半世紀ぶりくらいに読むともなく眺めていたら、なんとペリー・メイスンまで登場していたんですね。これは憶えてませんでした。もし記憶の片隅にでも残っていたら、彼との関係もまた違ったものになっていたのかもしれません。それこそ父の本棚には、あのシリーズがすべて揃っていたのですから。
(宮地)