百瀬さん
古書現世さんの店番日記で、百瀬博教さんが亡くなったことを知る。心臓が大きく一回ドクっとなった。
かなり古くからのお客様であった。年に数回、ふらりと夜の古本屋へ、芸人さんと連れ立って現れた。私はいつでも緊張していたが、好きなお客様のひとりでもあった。
大きな躯に大きな声。トレードマークの黒いキャップ。惚れ惚れする豪快な買いっぷり。
これまで食指の動かなかったヤクザ映画に、なぜか今年はスイッチが入り『仁義なき戦い』シリーズを立て続けに5本観た。
完結篇を観た帰り、そういえば百瀬さんは飯干晃一の『仁義なき戦い』の元になった手記を書いた美能幸三の本を探していらしたよねと宮地と話していたのはつい先週末のことだ。ヤクザ映画を観たあと誰でもそうなるように、私も肩で風を切りながら、ちょっと百瀬さんに近づいたような気になったばかりだったのに。
あれは3年くらい前だったろうか、店のマンションの改修工事で外壁一面に足場が組まれていたある晩のこと。 「店、辞めちゃったのかと思ったよ。今日は寄るつもりはなかったんだけどさ、車で前通ったらこんなんなってるから、びっくりして見に来たんだよ。」と、百瀬さんが勢いよく飛び込んでいらしたことがあった。無事を確かめると、その日はすぐに店を後にされた。百瀬さんが気に懸けてくださっているということが、私にはポケットに忍ばせる大切な石のひとつになった。
またある日は、宮地がパソコンを開けていたら、ホームページ作ったからとちょっと嬉しそうに声をかけてきてくださった。云われるままにページにとぶと、百瀬さんの顔写真のトップが出てきたのだが、黒を基調としていたためパソコンの画面に付着していた塵の方が際立ってしまった。その時は確か百瀬さんは、ちょっと汚いな、拭いてくれよ、と仰ったのだった。http://hiromichi-momose.jp/
今日は百瀬さんの大きな声が一日中耳の奥の方で聞こえ、今まで忘れていたようなことをいろいろと思い出した。古本屋にならなければ、私なんぞは身近に接することのなかった方だなぁとつくづく思う。
ほうろうにお運びくださりありがとうございました。
でもなんだかまたふらりと夜の古本屋に現れそうな気もします。