ぼくは名古屋でうまれた

 5時15分、予定より少し早く、名古屋駅裏へ到着。最後の2時間くらいは結構ぐっすり眠れました。快調です。地下鉄に乗るのに駅のコンコースを横切ると、こんな時間なのにもう「みどりの窓口」が開いていたのでダメ元で立ち寄ると、明日の晩の「ムーンライトながら」があっさり取れちゃいました。ここ1週間くらい、毎日のようにチャレンジしてたのが嘘のよう。


 東山の実家で朝食と3時間ほどの仮眠を取り、お昼近くなって、いよいよBOOKMARK NAGOYAめぐりに出発。まずは歩いて5分ほどの雑貨屋「le petit marche」。こちらの店主の滝村美保子さんは、イラストレーターの松尾ミユキさんとの「les deux」というユニットで、「なごやに暮らす」という洒落た小冊子をつくってこられた方。昨年からは、あらたに「東京旅行」をはじめられ、その第1号でほうろうも取り上げていただいたのです。残念ながら滝村さんはご不在でしたが、開催中の「本を遊ぶ」展を拝見し、BOOKMARK NAGOYAのガイドブックも入手。これでようやく本日の作戦が立てられます。スタンプラリーもスタート。

 まずは矢場町へ。パルコ4階リブロで開催中の「名古屋大古本市」(「名古屋一箱古本市」改め)。ほうろうから出した本の売れ行きはボチボチといったところでしたが、岡崎武志堂、火星の庭古書現世といったお馴染みの方々にまじって、名古屋のみなさんがたくさん出店されていて、新鮮でした。出たばかりの『エルゴラッソ特別編集 Jリーグ プレーヤーズガイド 2008』を買い、店長の辻山さんと少しお話。イベント全体も古本市自体も好評で、また来年もという声も出ているそう。よかったです。

 次は、「名古屋大古本市」で気に入った、大須「古本屋 猫飛横丁」に行くことに。ガイドブックを見ながら、その途中にあるお店にも寄ったのですが、「街並み」写真展のSEANTは棚卸しのため臨時休業、「ちいさなカフェのちいさな写真展」のCafe Loffelは中年男がひとりで入るのはちょっとムリめ*1、となかなかうまく行きません。そろそろお腹も空いているのですが、「せっかく名古屋に来たのだからおいしいものを」という浅ましさからなかなか店を決められないままランチタイムは過ぎてゆき、そうこうするうちに「猫町横丁」へ到着。しかし・・・、ここもお休み。本日、ぼくのリュックサックのなかには375部の「不忍ブックストリートMAP」が詰め込まれているのですが、ここまでまったく減りません*2。肩が痛くなってきました。


 しょんぼりしながら、大須観音から鶴舞線。丸の内で降り*3「YEBISU ART LABO FOR BOOKS」へ。雑居ビルの4階で、エレベーターがないことを知ったときは、ちょっとクラっときましたが、でもこんどは開いてました。ここは、今回のイベントの発起人である黒田さんと岩上さんのお店。アート系の洋書にセレクトされた古本、それにミニコミをはじめ、自主制作されたあれこれの紙モノが揃っています。塔島ひろみ『大安の日はあんぱんを食べる(増補版)』を購入して、ご挨拶。若くて気さくなおふたりに、BOOKMARK NAGOYAをはじめるに至った裏話などをあれこれ伺い、不忍ブックストリートMAPも置いていただきました。

 すぐにそばにある、北欧のアンティークの家具を扱うお店「Favor」で3つ目のスタンプを押してもらい、まず最初の景品「しおりセット」をゲット。気分的にはやや上向きになってきたので、近くのバス停「外堀通り」まで歩きます。バス停のすぐ後ろは名古屋城の外堀。ぼくが子どもの頃は名鉄瀬戸線が走っていたところで、よく見るとまだその名残りも。お目当ての名駅14系統のバスは1時間に1本だったので、幹名駅1系統に乗り、白壁で下車。この辺りは中学高校と部活の際によく走ったので土地勘はあります*4。ただ、ちょっと外れると見知らぬ場所。尼ケ坂駅方面に歩いていくと、前方にこんもりとした森が現れ驚きました。片山神社だそうです。でもこの景色は見られてよかった。結果オーライで、運も上向いてきたようです。急な階段を降り、瀬戸線の高架をくぐってしばらくいくと、次のお店「尼ケ坂」がありました。

 ここは思っていたよりずっと広いお店で、本も(古本も)ある雑貨屋、兼イベントスペースといったところでしょうか。入ってすぐのところには、立派な厨房さえあります。吹き抜けの一部にくくり付けた(ような)2階はギャラリーです。オーナーの今枝さんはデザイナーが本職。ニューヨークにも長くいらしたとのこと。生まれ育ったここ尼ケ坂の地で、人と人の出会う場をつくりたいと仰ってました。明後日には、ユトレヒトの江口さんのトークなども予定されています。

 瀬戸線に乗り、17時過ぎ、栄。欲をかいて昼食を取り損ねた空腹と、重いものを背負って歩き過ぎた疲労が、ともに頂点に。飲もうと思っていた友人とも連絡が取れず、「もうダメだ」とばかりに、市バスで伏見へ。バス停のすぐそばにある「大甚」は、名古屋の呑み助はみんな知ってる安くておいしい大衆酒場。ときどき父に連れてきてもらったこの店で、とりあえずビール1本に刺身と小鉢かなんかを適当にみつくろって休憩しようかと。でももう一度だけと、電話をしてみるとようやく友人と繋がり、19時半ぐらいに落ち合うことに。だったら、と方針変更して千種へ戻ります。
 

 千種は中学高校の6年間、毎日通った場所。駅前に降り立つと、やはり懐かしい。そしてこれから向かう子どもの本の専門店「メルヘンハウス」は、小学校の頃から行っていたお店。とはいえ、その頃はもっと家の近くの四谷通りにあったのですけどね。でもその移転先が千種、というのも縁があるようでうれしい。新しく、そして広くなったお店のなかをぶらぶらと歩いていると「何かお探しですが」と声をかけられる。振り向くとオーナーの三輪さん。もちろん先方は憶えてらっしゃらないけど、懐かしい笑顔です。

 30年ほど前によくお邪魔したこと、巡り巡って現在は古本屋をしていること、ここで紹介された本との出会いがなければ、ひょっとしたら別の仕事をしていたかもしれないこと、などを話す。三輪さんもとても喜んでくださり、不忍ブックストリートMAPも置いていただけることに。「1部は僕用にして、東京に行ったときには寄らせてもらいます」とのお言葉まで。

 ひと通り棚を眺めたあと、このあと会う友人のお子さんふたりへのプレゼントを購入。ヨックム・ノードストリュームの『セーラーとペッカ、町へ行く』と、さいとうしのぶの『子どもと楽しむ行事とあそびのえほん』。『セーラーとペッカ』シリーズは、去年読んだ絵本で一番気に入ったもの。男の子に。『行事とあそびのえほん』は、ちょうど翌日からここで原画の展示がはじまるのを一足早く見せていただいたので、これもご縁と思って。これは女の子に。本を買ったときに押してもらえるスタンプが、むかしとちっとも変わっていないことを知って、感激してしまいました。

 かつてここで紹介していただいた本のなかで一番印象に残っているのは、打木村治の『天の園』と『大地の園』。埼玉県唐子村(現・東松山市都幾川のほとりで生まれた河北保少年が、大人になっていくまでを描いた全10巻の大河小説です。とくに旧制川越中学に入学してからの日々を描いた『大地の園』は本当に何回も読み返したので、いまでもちょっとしたきっかけがあると、川越の町並みや、飯能の展覧山、姉の働く製糸工場へ向かう鉄道馬車、といった風景が甦ってきます。10代のある時期、ぼくは間違いなく保少年の影響下にありました。また、上京して数年後、はじめて丸木美術館を訪れたときは、原爆の絵の衝撃ももちろん大きかったのですが、それと同じくらい、はじめて都幾川にやってきたという感慨がありました。

 あともう1冊、『ズッコケ三人組』でおなじみの那須正幹が書いた、ズッコケじゃない作品『ぼくらは海へ』も忘れられません。端折ってしまうと、小学生の仲間数人が、埋め立て地の小屋を隠れ家にし、廃材で筏を組み立て、海へ出る、というお話なのですが、そういう字面とはまったく違う感触の小説で、とてもショックを受けました。子どもたち一人一人の人物設定や、物語全体の背景がとてもリアルで、自分にもそういうできごとが本当に起こりそうな気がするのです。だから、ちっぽけな筏で大海原を漂うふたりの姿は、いまもぼくのなかにあるし、セイタカアワダチソウという言葉を聞くと、いまでも心がざわつきます。

ナルニア国物語』のような定番ものも、もちろんたくさん教えていただいたけれど、こういった当時最新の日本の児童文学を紹介していただいたことが、ぼくにとってはとても大きかった気がします。発行年を見る限り、『ぼくらは海へ』なんかは出版されたばかりだったようだし、そういうものをすぐにきちんと評価して、子どもたちに推薦するというのは、素晴らしい仕事だと思います。


 さて、千種にはもう1軒素晴らしい本屋があって、その名を「ちくさ正文館」といいます。正面から店に入ると、ぼくが子どもの頃から変わらない高い天井の店内に、人文関係の本がぎっしりと並んでいます。すぐに吉田秀和の新刊『永遠の故郷―夜』が目につきましたが、どうせ買うなら初版がいいなと思い直し、数ヶ月前、京都の恵文社から出た『みんなの古本500冊』を手にレジへ。ご挨拶して、店長の古田さんとはじめてお話したのですが、話せば話すほどはじめてとは思えない展開に。

 棚はね、いつも鮮度が落ちないようにしてる。DVDやCDはサブテキストじゃなくて、置かなきゃいけないモノ。新刊本屋は内容の質を落とさずにどんどん変えなくてはダメ。だいたいシーンの動きって同時多発的に起こるじゃない。そうしたら、本屋としてどう見せるかって考えなきゃ。各ジャンルで、現在、先鋭的な活動を行っている人物やその著者なんかは、ウチの店では問い合せがあったら絶対答えられなければいけないと思ってる。

 これは、今回のガイドブックの冒頭に置かれた古田さんの文章からの引用で、こういう考えをお持ちの方ですから、当然さまざまな方面への目配りが行き渡っているのですが、「もともとはこっちの人間なんだよ」と見せてくだったのが、今池のライブハウス得三のチラシ。指差された2月6日はなんと「ふちがみとふなととジャズな仲間たち」で、「古田一晴(映像)」とのクレジットが。ふちふなのお二人以外にも、藤井郷子、田村夏樹など、そうそうたるメンバーが揃ったこのライブに、古田さんはどんな風に「映像」で加られたのか、とても興味があります。3月には別のライブハウスでOlaf Rupp&羽野昌二との「共演」もあるようですし、まずご自身が先鋭的な場所にいらっしゃるのですね。

 で、ふちがみとふなとの名前が出たので「ふちふなさんにはうちでもライブをしていただいたんですよ」と言うと、「本当か?」と目を丸くされ、ぼくの肩をポンポーンと叩いてくださったのはうれしかったなあ。当然、鬼頭哲くんのこともよく知っていて、「そうか、鬼頭と同級か」と楽しそうに頷かれ、そこからはまるで旧知の客相手であるかのように音楽や本の話をたくさんしてくださりました。不忍ブックストリートMAPについても、「こちらからお願いしたいくらいだよ。いつでも送りつけていいから」とまで言っていただき、感無量です。

 ちくさ正文館については10代の頃から敬意を払っていたし、この仕事をはじめてからは、あんな老舗にもかかわらずフリーペーパーやチラシを置くコーナーを大事にしていることに、共感とともに畏敬の念を抱いていたのですが、今日古田さんにお会いして、なんだかすべてが腑に落ちました。


 これにて、本日の本屋さん巡りはおしまい。「大甚」に入らず千種に行ったところが、最大の分れ道だったようです。このあとは、栄に戻って友人と落ち合い、やはり高校の同級生がやっている居酒屋「Hioki」にて楽しい宴。はじめて連れてってもらったのですが、すごい種類のベルギービールと、とってもおいしい地鶏の店。卒業以来はじめて会う友人もたまたま居合わせたりして、したたかに酔っぱらううち、夜は更けていきました。

(宮地)

*1:翌日、今回のガイドブックをつくられた「SCHOP」の上原さんとお話ししたら、「いや、外見はそうかもしれないけど、ほうろうさんはきっと気に入ると思いますよ」とのこと。次回はぜひ。

*2:リブロにはお正月にお願いした分がまだ残っていました。

*3:本当は伏見の方が近かった。鶴舞線については、正確な駅の場所を把握できていないことを痛感しました。開通した日に初乗りしてるんですけどね。

*4:学校の周りをぐるぐる走るのは「建中寺」。もう少ししっかり走るコースは「代官町」。そして遠出する場合は「名城公園」とそれぞれ呼ばれていました。