リヤン王の明察

江戸川乱歩と13の宝石 (光文社文庫) 晩ご飯を食べに「深圳」に行くのに、何か手頃な読み物はないかなあ、と思案していると、さっき入ってきた買い取りの束が目に入り、ああそうだ、読んだことのない小沼丹の短編があったんだよな、と紐をほどき、光文社文庫の『江戸川乱歩と13の宝石』を持って行く。そして、今日の日替わり「茄子と鶏肉」をおいしくいただく間に、ちょうど読み終わったのだけど、「リヤン王の明察」というこの短編、とてもよかったです。

 紀元前3世紀の東洋のとある国が舞台、ということになっているのだけど、まあ細かいところはどうでもよい作りになっていて、昔むかしの中国の宮廷のお話として、さらっと読めます。探偵役のリヤン王は「(唐代の名宰相)ディ・レンジエには及ばぬものの、棕櫚の葉を敷いたと云われるくらいの資格はあるかもしれない」という設定で、ちゃんと謎解きもあるのですが、まあともかくシャレた小説。

 昔の中国を舞台にした小説、というのは、ぼくのツボのひとつで、良さそうなのを見つけたら読むようにしているのですが(一生懸命チェックしたりはしてません)、これは最近では森福都と並ぶヒットでした。これ1作しかないのは残念ですが、小沼丹がこういうものをひとつでも残してくれた、ああよかった、と考えるのが正解なのでしょう。ああ、よかった。

 あと余談ですが、「深圳」では昨日CDを売りにきてくださったお客さんと偶然お隣になりました。この方にはいつもクラシックのことをあれこれ教わるのですが(うちで扱っている『ロシアピアニズム』をきっかけにお話するようになりました)、昨日はデッカの初期盤CD(ハノーヴァー盤と呼ばれているそう)の見分けかた、について伺いました。まあうちではそういうところまでは査定に影響しないのですが(ぼくの好みの方が重要)、後学として。

 で、今日も帰り際ほんのちょっとだけお話ししたのですが、例の『カラマーゾフの兄弟』の新訳のことが話題に出ました。これについては昨日の谷根千の新年会でも話が出て、そっちは訳者の亀山さんが美男子で嫉妬を買っているという、内容とは関係ないゴシップだったのですが、何はともあれ2日続けて名前が出るというのは、やっぱりそれだけ評判になっているのですね。

 あのシリーズについては、昨晩守ちゃんが「『カラマーゾフ』と『幼年期の終わり』が同じ装幀で並んでいるのがいい」というようなことを楽しそうな顔で言ってたのも覚えてるのだけど、これはたぶん、前にちくま文庫の日本文学全集が出たとき、色川武大で一巻になっているのを知ったときと同じような気分に違いなく、この先またああいうものが出るとして(出ないでしょうけど)、小沼丹で一巻になっていたらさぞかしうれしいだろうなあ、などと夢想しつつ今日はおしまいとさせていただきます。

(宮地)